文部科学省が育成する英語教育推進リーダーをつとめたり、学校内にオンライン英会話やブレンディッドプログラムを取り入れたりと、学校現場で英語教育の変革を進めていた原田貴之さん。その姿は以前「WHY ENGLISH」のインタビューでも紹介しましたが、あれから原田さんには大きな転機が。高校教員を退職し、2020年4月に自ら英語学校を開校したのです。ステージが変わっても、変わらず強い気持ちで英語教育の改革を進めようとしている原田さんに、新たに開校した塾「クレイン英学校」で目指す、試験や入試のためだけではない”新しい英語教育の形”について伺いました。
「英語を身に付けて世界を広げ、異文化理解を進めてほしい」思いから塾を開校
2020年4月、愛知県名古屋市にてクレイン英学校を開校しました。新型コロナウイルスの感染拡大・緊急事態宣言の発表の影響を受けて現在はオンラインで授業を行っていますが、さっそく入塾してくれた生徒とともに充実した時間を過ごしています。クレイン英学校は、生徒に「リアルな英語を身に付けて、世界を広げてほしい」という思いから開校しました。テストで高得点を取ることや受験で合格することを、英語学習のゴールにはしてほしくない。英語を学ぶことによって世界を広げ、異文化理解を深めてほしいという思いを抱いています。
クレイン英学校を開校するまで、私は学校法人愛知学院 愛知中学・高等学校で英語を教える教員でした。2015年からは、文科省が育成する英語教育推進リーダーの1人として活動していて、英語教員対象の研修会を通して英語4技能の指導法を普及させる役割も担っていました。同じく英語教育推進リーダーを務める先生から取り組みを聞いて感銘を受け、2017年にはオンライン英会話を導入。週1回、放課後にクラスを開講しました。
英語力と思考力を鍛える「ブレンディッドプログラム」もレアジョブと開発
さらに、オンライン英会話と英語教員による指導を組み合わせることで、より実践的な英語学習の機会を用意できないかと思い、2018年にはレアジョブと共同でオンライン学習とオフライン学習を組み合わせた「ブレンディッドプログラム」を開発しました。プログラムの流れとしては、まず教室で英文記事を読み、取り上げるトピックに関する内容理解を深めて自分の考えをまとめ、次にオンライン英会話で外国人講師に対して自身の意見や考えを発表。そして、再び教室にて生徒同士でディスカッションを行い、オンライン英会話を通して得た知識や自身の考えをシェアするというものです。
当時は、「大学入学前のギャップイヤー」をトピックに選んで実施しました。こうした時事的なトピックを扱うことで、生徒は異文化への興味・関心を持ちやすくなります。また、オンライン英会話で自身の意見や考えを発表する機会があるため、トピックを「自分ごと」として考える時間が持てて、生徒は「自分を知る」ためのきっかけを掴むことができるのです。こうしたマインドセットの効能に加えて、英語で考え、発話することで表現力などのスキルも身に付けることができます。参加した生徒は皆、英語力の伸びを実感してくれました。
アメリカの英語教育の最前線で奮闘する、語学学校の先生の姿に胸を打たれた
ブレンディッドプログラムにも手応えを感じ、ICTを取り入れた英語教育に大きな可能性を感じ、新しい英語教育を作りたいという思いで活動していた中、突然「インターナショナルビジターリーダーシッププログラム(IVLP)」へ招待されました。IVLPとは、アメリカ合衆国国務省人物交流プログラムのこと。テーマは、”Innovative and Collaborative English Language Teaching Instruction”と、まさに自身の興味関心と重なった内容だったため、参加させていただきました。
私を含めて5名の英語教育関係者がアメリカに渡り、ワシントンD.C、ニューヨークなど5つの都市を回りながら、大学から地域の語学学校まで英語教育の現場を幅広く視察しました。アメリカは、移民や難民としてやってきた人が多くいる国です。彼らがアメリカで不自由なく生活できるように英語を身に付けさせることは国や州の責任と捉えられており、行政は全員にしっかりと教育が行き届くようにICTを活用してさまざまな施策を打ったり、一定のレベルに達するまでは無料で何度でも英語学習の機会を提供したりしていました。
一方、現場でしっかりと教育のサポートをしていたのが語学学校の先生方です。難民の人たちの中には、幼い頃から難民キャンプで過ごし学校教育を受けたことがない人、トイレの使い方もわからない人、戦争によって目の前で家族を無くしPTSDに苦しむ人など、さまざまなバックグラウンドを抱えた人がいます。そうした人たちが毎日代わるがわる語学学校にやって来る、日本では考えられない大変な状況がそこにはありました。そんな中でも、語学学校の先生は皆、彼らに寄り添い、彼らの背中を押し、彼らの英語力が一定のレベルに達するよう必死でサポートをしていました。その姿が、とてもカッコよかったのです。先生たちのパッションに感動し、「学校の中でやれることはたくさんあるけれど、よりスピード感を持って理想とする英語教育を実現させるためにも、自分で塾を開校しよう」と決意しました。
オンラインの利点は効率の良さ、オフラインの利点は空間や仲間から受ける刺激
クレイン英学校では、2020年6月から「ブレンディッドラーニング」を開始予定です。会話重視でクオリティの高いレッスンを提供するため、3名から5名の少人数グループでの実施を想定しています。コースは2つあって、中級コースは「短期留学に行きたいけれど英語力に自信が無い」といった方向けに、上級コースは長期留学や海外大学への進学、海外で働くことを目指している方が対象で、レアジョブの教材を活用しながら実施します。「英語が好きで、もっと話せるようになりたい」「リアルな英語を身に付けて、海外に行き、世界で活躍したい」という思いを持った方にぜひ受講していただきたいですね。
オンライン学習は効率が良く、すぐに海外と繋がりコミュニケーションを取ることもできるので非常に便利です。一方で、オンライン学習には無い“余白”が生まれるのがオフライン学習の魅力ではないでしょうか。それは、教室に入ったときに「よし、勉強頑張るぞ」とスイッチが入ることだったり、周りの生徒に刺激を受けてモチベーションが上がることだったり、仲間が持っている参考書や学習ツールを見て「取り入れてみよう」と思えることだったり。だからこそ、オンラインとオフライン両方の良さを生かした「ブレンディッドラーニング」を提供していきたいです。
多様な思考を促すオリジナルの“アクティブテーブル”
グローバル人材とは、共感力とアクションを起こす力を備えた人のこと
「リアルな英語を身に付けて、世界を広げてほしい」という思いからクレイン英学校を開校しましたが、それは何のためにかというと、異文化理解を進めるためです。“異文化=常識が違う”ことなので、どうしても人間は異文化に触れたときに拒否反応を示してしまいます。けれど、英語学習をきっかけに、言葉を通して「この国の人たちには、Aという文化やBという常識があるんだ」と理解することができれば、拒否反応は極力抑えられるようになるはずです。その積み重ねによって、争いが無くなり、平和に繋がることでしょう。そして、異文化を理解しようとする過程で、“自文化=自分のバックグラウンド”を改めて見つめ直し、大事にすることもできるようになるのです。
私は、グローバルに活躍できる人材に必要なものは、共感力だと思います。異文化に触れ、理解することで共感力は磨かれます。そして、共感力の次に必要なのは、アクションを起こせる力です。世界で起きている対立や災害などを身近に感じられて、そこから「自分にできることは何か」と考え、苦しんでいる人や困っている人のために何らかのアクションを起こせること。この二つの力がグローバル人材には必須ですし、英語学習を通して異文化理解を深めることによって、二つの力は身に付くと思います。
英語にこだわらず、“語学教育”という軸で将来は日本語教育にも携わりたい
クレイン英学校では、英語を使う体験を積極的に提供していきたいと思っています。その一つが、オンライン英会話を通じて海外の先生と繋がることですし、他には日本に住んでいる外国人の方をたくさん集めて交流する機会も作ろうと考えています。そうした体験をすることで、生徒の中に、テストのためや受験のためではない英語学習のモチベーションが生まれると思うのです。「留学してみたい」「海外で働きたい」「外国の人ともっと積極的にコミュニケーションを取りたい」など、リアルな行動に繋がる気持ちが生まれたり、強まってくれると嬉しいですね。こうしたモデルをまずは自ら作った上で、将来的にはお世話になった学校教育の現場に還元するようなこともできればと思っています。
また、IVLPへの参加を通して、海外から日本にやってきた人たちへの日本語教育に携わりたいという思いも生まれました。日本では、外国人労働者や技能実習生の受け入れは進んできているものの、彼らへの言語面でのサポートは不足しています。そのため、将来的にはIVLPで感銘を受けた語学学校の先生のように、言語を教えることを通して彼らの生活や目的実現のサポートを行う、そういった取り組みにも力を注いでいきたいです。