2017.12.8

英語落語を海外へ、日本の笑いを世界へ

ユーモアは相手への思いやり、コミュニケーションに織り交ぜよう

大島希巳江さん (神奈川大学 外国語学部 国際文化交流学科 教授)
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神奈川大学外国語学部の大島希巳江教授は、異文化コミュニケーションや社会言語学、ユーモア学を研究し、学生に教えています。ユーモア学を追求する中で、日本発の笑いを世界に広めようと、英語落語の普及活動も20年前から行っています。試行錯誤の連続だったという英語落語を始めた頃のお話から、ビジネスシーンでも活かせるユーモアの力について、幅広くお話を伺いました。

日本人はユーモアが無い?万人受けする日本のジョークとは?

現在は神奈川大学で、異文化コミュニケーション、社会言語学、ユーモア学などについて研究し、その魅力を学生に伝えています。それと同時に、英語落語の普及活動も行っています。

そもそも、ユーモアに興味を持ったのは、社会言語学研究の一環でハワイの方たちの言葉やコミュニケーションについて研究していたときでした。ハワイって、複数の人種が混じっている人が普通にいる、とてもユニークな土地なんです。だからアメリカ本土では許されないような、ちょっとドキッとする人種に関するジョークをあえてお互いに言い合うことで、心の距離をぐっと縮めるという文化があって。ジョーク、つまりユーモアにはこんな効果があるのか!と思い、そこからユーモア学を研究し始めたのです。

もうひとつの転機は、約20年前。当時日本で同じようにユーモアを研究していた方2名と国際ユーモア学会へ行ったときでした。外国人から「日本人ってユーモアが無いよね。あんまり笑わないしジョークも言わないし。」って言われたんです。「日本人だって笑うよ!」って言ってみたんですが、「じゃ、なにかジョークを言ってみて」と言われてぐっと詰まってしまったんです。よく考えれば、確かに日本人は内輪ネタで笑うことが多いんですよね。残念ながらこの時は、言葉も文化も違う外国人に通じるジョークを思いつくことができませんでした。何も言い返せず、しょんぼりしながら帰っていて、「でも悔しいから何とかしたいよね」って話しました。そこから、世界に持って行くことのできる笑いは無いだろうかと探し始めたのです。漫才やコントなどいろいろ試してみて、たどり着いたのが落語でした。落語は、長い歴史を持っている、日本オリジナルの笑いだからです。

英語で落語ができれば何十億人もの人を笑わせられるかもしれない

「英語で落語をやるぞ!」と思い立って、ダメ元で知り合いの落語家さんに協力を依頼することにしました。落語のイロハを教えてもらい、それを英語に翻訳して英語落語を作りながら、とにかく練習を重ねました。英語落語を広げるためには一人では難しい。だれかと一緒にやる必要がありました。そこで若手の落語家さんたちに声をかけてみたんです。でも当時、英語を話せる落語家さんなんていませんでした。つまり、トレーニングをしてもらう必要があったのです。ただ「英語落語をしてほしい」とお願いしても、「できない」とか「大変そう」だと言われて断られてしまうかもしれないと思ったので、「外国へタダで行けるよ。」と言ってまずは興味を惹きました。そして、「落語を日本語で話している限りは、どれだけ頑張っても聞いてくれるのは1億人程度だけれど、英語で落語をすることができれば何十億人が聞いてくれる可能性があるんだよ!それってすごいことじゃない?」って誘ってみたんです。すると、落語家さんはみんな落語が好きだし人を笑わせたいと思っている人たちだから、「よし、やってみます!」って言ってくれました(笑)。これは完全に私の作戦勝ちですね!

インプット→アウトプットを繰り返すことで知識は身に付く

英語落を海外で披露するにあたって壁となったのは、言うまでもなく落語家の方にどうやって落語を英語で演じてもらうかでした。まずは、「とにかく丸暗記してください!」とお願い。みんな英語のつづりが読めないから「ハウアーユー」などとカタカナだけで書いた原稿と、私の話し声を録音したカセットテープを渡して、「とにかくこれを一言一句間違えずに話せるようになるまで覚えてきて」と言いました。それで、とりあえず丸暗記ができたら、どんなにたどたどしい発音でもいいやと思って、一度外国で英語落語の公演をさせるんです。すると、公演を重ねているうちに英語が自分のものになってくるみたいで、発音が自然になります。そして、そのうちどの単語がどんな意味を持つかということが理解できるようになり、英語落語だけではなく日常生活に困らない程度の英会話ができるようになる落語家もどんどん増えてきました。

やっぱり、知識は入れて出すというプロセスを繰り返すことによって、自分のものになるんですよね。これは、英語落語に限らず、普段の学習でも同じだと思います。自分が見聞きしたことや新しく知ったことを誰かに話すと、長期的に記憶に残りやすいでしょう。だから、覚えたことや発見したこと、自分のものにしたい知識やユーモアは、どんどん人に話すといいですよ。学生にも、「授業で習ったことは友達や家族にすぐ話しなさい」ってよく言ってます

〝インテリジェンスな笑い〟と海外で評価されるようになった落語


はじめて海外で英語落語をしたのは1997年でした。最初の頃は、「落語っていう日本の芸があるんですけど、やらせてくれませんか?」と、知り合いなどに協力を仰ぎました。「どんなものか資料や写真を見せて」と言われるので見せると、「これって本当に面白いの?」って言われてしまって、伝わらないのです。だって、人がひとりで話してる様子が写っているだけで、見た目だけだととっても地味だから(笑)。けれど、舞台があって観客を集められる場所から攻めようと思い大学に掛け合ったところ、興味を持った先生が生徒を連れて見に来てくれました。そこで面白いと思ってもらえたことで噂が広がり、別の大学から「うちでも落語をしてほしい」と言ってもらえるような連鎖が起きていきました。

実際に公演を始めるときには、毎回観客の方々に落語独特のルールを説明します。「ひとりで何役もやるからね」ということだったり、「客席の上の方を見て手招きする仕草をすることがあるけれど、あれは演技です。だから、返事をしたり後ろを向いたりしないでね」ってことだったり。最初のころ、これを説明しなかったがために、「Come here!!」とセリフを言ったとたん、たくさんの子供が舞台の上に来てしまったことがあって(笑)。ルールがわかるまでは戸惑う方も多いけれど、徐々に受け入れられて、今では脳の活性化も狙える〝インテリジェンスな笑い〟と海外で高く評価されています。

落語って、想像力をとても使う笑いなんです。たとえば、話し手が「綺麗なお姉さんが来たぞ!」って言ったとき、実際に女性が出てくるわけではないので、観客は自分の好みの綺麗なお姉さんをそれぞれ想像できるでしょう。それに、衣裳や舞台装置も無くて言語だけで表現する分、想像で補いながら聞き進めなければいけません。だから頭も使うけど、その分観客の自由度も高いのが落語なんです。そういった魅力が海外でも浸透しているのは嬉しく思います。今では、日本でも英語落語をしていますが、落語には興味が無かったけれど英語が好きだからという理由で見にきてくれる方もいるんですよ。

大島さんの英語落語は中学校の英語の教科書でも紹介されている

日本人のスピーチは拷問?!ユーモアは相手への思いやり

アメリカのユーモア学者の言葉を借りると、「ユーモアは相手への思いやり」です。面白いことを言うことで相手を退屈させないようにしよう、笑顔にしようってことだから。外国人によく「日本人のスピーチは拷問だよ!」って言われるんです(笑)。日本人は、真面目に滞りなくスピーチを終えることで満足しがちだけど、聞いている方は飽きちゃって何の印象も残らないんですよね。そうならないためにも、日本人はスピーチの際に面白い小話を入れてみるなど、ユーモアを意識した方がいいと思います。特にスピーチの冒頭は、「この人はなんだか面白そうだからスピーチを聞いてみるか」と思ってもらえるような工夫が必要です。たとえば、「皆さんを拷問にかけるつもりはありませんのでご安心ください。とはいえ日本人なので、ジョークも英語もスピーチもヘタクソですがご容赦くださいね。」って一言言うだけで、定型の挨拶からスピーチが始まる人の話より面白そうに感じるでしょう。あとは、スピーチの中盤でわかりやすいジョークやたとえ話を使ってみると、スピーチの内容を印象に残すことができますよ。

笑いとかユーモアって、会話においてすごく大事ですよね。仕事のミーティングなども、楽しくワイワイやった方がアイデアが沸いてきますからね。ユーモアの力を借りて、少しづついろんなことにプラスの効果を感じてもらえたらうれしいです。

大島希巳江様プロフィール

東京生まれ。渋谷教育学園幕張高等学校在学中、1年間アメリカのStanley Lake High Schoolで 交換留学生として学ぶ。その後コロラド州立大学ボルダー校へ進学し、1993年、同大学卒業後 に帰国。

現在、神奈川大学 外国語学部国際文化交流学科の教授を務める。専門分野は異文化コミュニケーション・社会言語学・ユーモア学。コミュニケーション全般、および英語教育における”笑いとユーモアの効果”を専門研究としている。その一環として1997年から英語落語の海外公演をプロデュースし、自身も古典・新作落語を演じ、自ら司会を務めるなど意欲的に活動中。アメリカ、フィリピン、インド、ブルネイ、パキスタンなど海外公演は世界約20カ国、200回を超える。また、企業の営業成績とユーモアとの関連性、英語習得に効果のあるユーモアやジョークについてなど、幅広い講演活動を行っている。著書に『英語で小噺!~イングリッシュ・パフォーマンス実践教本』『英語落語で世界を笑わす!~シッダウン・コメディにようこそ~』(いずれも研究社)がある。

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