2017.04.25

バレーボールに代わるもの

原動力は「お世話になった人達」

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房州由佳さん
貿易事務

貿易会社の事務として、国内と海外のお客様を繋ぎ、貨物船がきちんと目的地に到着するためのオペレーションを行うなど、英語力を活かして仕事をしている房州由佳さん。高校を卒業するまではバレーボール一筋の人生で、その後の学生時代も海外にも英語にも興味はないし、仕事も特に明確なキャリアプランは持っていなかったと言います。そんな房州さんがなぜ、「英語を話せるようになるために」努力することを決め、人生の選択にも英語が影響するようになったのか、背景や思いについてお話をうかがいました。

バレーひと筋だった人生、新しい自分を見つけたかった

小学校2年生からバレーボールを始めた私は、高校もスポーツ推薦で進学し、高校を卒業するまでバレーひと筋の人生を過ごしてきました。ずっとバレーの事だけを考えてきたので、これといって将来の夢は無く、自分が大学へ進学するイメージが持てませんでした。だから卒業したら結婚する、というのもいいなと思っていました。ただ、進学校に通っていたので、周りの友達から影響を少なからず受け大学には進学したのですが、入学した大学にはバレーの部活が無かったため、生活の中心からバレーが無くなったことで、なんの目標もなく大学生活を過ごしていました。

何かまた打ち込めるものを探して、新しい自分を見つけたいなという思いはあったのですが、バレー以上に夢中になれるものはなかなか見つかりませんでした。就職活動が近づいてきた大学3年生のある日、留学センターを通りかかるとスタッフの方に話しかけられました。英語に興味はない、ましてや留学なんて考えたこともない私でしたが、「海外に行くのもいいかも」という位に思い、とりあえず話を聞きました。その年はちょうど東日本大震災があり、私の実家も被災していたため、留学支援の講座の受講費用などをサポートしてもらえると説明を受けました。これも何かのきっかけだと思い、とりあえず勉強を始めてみることにしたんです。

辛い時期があるからこそ、成功することができる

留学を目標にしたものの、今まで取り立てて勉強を集中して取り組んだ経験が無かった私にとって、必要条件のTOEFLの合格点が大きな壁でした。負けず嫌いの性格が高じて、試験に受かるべく勉強に時間を費やしました。結果がついてこない辛い時期もありました。でも英語ってこういうものなんだとか、新しい単語を覚えたり意味がわかったりすることが楽しいって思えるようになりました。また、バレーをやっていた時の経験から、辛いことがあっても乗り越えないと成功しないという考えが自分の中にあったので勉強も続けられて、結果、3年生の終わりには試験に受かり、4年生の夏からオーストラリアへ4ヶ月間の留学が決まりました。

留学へ行ってからはとにかくとても楽しかったです。留学先の大学の授業は語学だけでなく、様々な教科を学びました。全く英語を話せないところからのスタートでしたし、人の倍ぐらいやらないと落ち着かない性格でもあり、授業が終わっても図書館で勉強をするなど努力をしました。留学してからの勉強も難しかったですが、辛いと感じた事はなかったです。「打ち込めるものが出来てが世界が開けた」と思うことが出来ました。分からない事も新しい事も全部が楽しく、留学先で友達もたくさん出来ました。その頃お世話になったホストファミリーとは今でも連絡を取ったり、その時に出会った友達とも、今でもたくさん会って仲良くしています。本当に良い出会いがあったなと思います。

英会話のレッスンは勉強というよりも、友達と話している感覚

留学から帰って来てからは、留学前に内定を頂いていたアパレル系の会社の販売職でインターンを始めました。そこでの初めてのお客様が、なんと海外の方だったんです。一生懸命会話をしていた中でその商品を購入してくださいました。当時は商品の包み方もまだ分からないなかでの接客でしたが、そのお客様が一年後にまたお店に来てくれて話が出来た事は、英語を勉強していて良かったと思えた経験でした。

ただ、留学で日常英会話は少し出来るようになったものの、実際に仕事で使うにはまだまだ力不足で、「この商品はこういう素材を使っていて…」など、商品について詳しく説明することはすごく難しかったです。もっと話せるようになりたいと思いで、職場の隣にあった少人数のグループレッスンが受けられる英会話教室へ通っていたのですが、仕事の都合上、決まった時間に通うことは難しく、行けない日が続きました。

そんな時、会社で導入していたレアジョブ英会話を受けることを社長に勧められたのです。始めてからは毎日レッスンを受け、旅行先や帰り道と、どこでもレッスンをするようにしていました。というのも、当時一人暮らしだった私にとって、仕事が終わって帰ってきたあとに誰かと会話できることがとても楽しみで、正直なところ勉強という感覚は全然なかったんです。フィリピンについて教えてもらったり、先生の子どもの話をしたり、時には恋愛相談もしたりして、先生というよりは友達のような存在でした。また、会社で英語での販売のロールプレイングの試験があったので、先生と練習して、丁寧な話し方やより良い表現の仕方なども教えてもらいました。伸び悩んだ時期もありましたが、先生から提案をされて、毎日英語で日記を書くようになったりもして、レアジョブ英会話が生活の中心のような感じでした。レアジョブ英会話の先生は皆さん生徒思いで受けていてとても楽しいです。

また、環境にも恵まれていて、当時の会社は英語に対して非常に積極的で、レアジョブ英会話以外にも、会社に集まってみんなで勉強会を行うなど、実際に英語力を身につけて活躍している先輩も沢山いました。仕事で活かすことはもちろんですが、「英語は力になるから頑張れ」と、それ以外にも自分にとって役立つものになると、社長がいつも応援をしてくれていました。

自分の背中を押したのは「お世話になっている人達のために頑張る」こと

今は貿易会社で事務をしています。正直、業界も職種も未経験だったので、転職活動を始めた当初出来そうな仕事はなかったです。その後、貿易実務の資格を勉強して、再度紹介会社の方に連絡しました。そこで縁もあり今の会社に入社することができました。商品の輸出入をしたいお客様の為に適切に対応することや、船が目的地に到着するまでのオペレーション業務が今の私の仕事です。海外の人たちともやり取りをするので、英語を使うことが多いです。未経験からのスタートですし、専門的な知識が求められる仕事なので、覚えることは沢山ありますが、自分のやりたい事が出来るようになって良かったなと思うと、頑張ってこれました。

大学三年生の時に「英語を勉強してみよう」と思わなかったら、仕事を頑張ろうとか、将来のキャリアを描くとか、そんなことは思いもしなかったと思います。バレー以外で続くものが他になかったですが、英語を勉強してから自分の将来に対する考え方が変わっていきました
ただ、何よりも自分の背中を押したのは「お世話になっている人達のために頑張る」という気持ちでした。私、自分のために頑張るのにはいつも限界があって。バレーも最初はずっと辛くてやめたかったけど、いつも支えてくれる恩師と出会い、この人のためにうまくなりたいという思いで続けられました。留学も、学習の支援をしてくれた学校、お金を出してくれていた両親のためにも、ちゃんと学びたいと思いました。英語を身につけることで、前職も、お客様のサポートをすることが出来たし、販売員の頃のお客様から今も連絡を頂ける事があります。
また、英語を勉強していたから今の会社にも会えて本当に尊敬できると思える上司や先輩に出会えました。仕事を通して会えたお客様もみんな大好きで、お客様から感謝の言葉を頂けたら本当に嬉しいです。
多分、バレー時代に身につけた負けず嫌いの性格とか、「お世話になった人のために頑張る」というのに支えられて、今まで色々な事に取り組んでくることが出来ました。なので、これからもそのような思いや経験を忘れずにまた英語も頑張っていけるといいなと思います。

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