2019.02.21

英語はあくまでもコミュニケーションツール。その先にある価値や楽しさを知ってほしい

挫折の数だけ英会話力は必ず伸びる!

柳田志学さん (目白大学 社会学部社会情報学科 専任講師)
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かつて、英語の偏差値が学年最下位だった男子高校生は、数々の挫折を経て、今や英語での授業も難なく行える大学講師になりました。それが、目白大学社会情報学部の柳田志学先生です。若き日に東南アジアの地で思い描いた夢や、大学教員としての道を拓くまでの過程において、英語は常に重要な位置づけとして存在していました。ご自身の経験から形成されていった“英語の価値”と、新たな英語教育を目指す熱い想いをご紹介します。

英語があまりにできなさすぎて、英語教師を志した

昔から、英語は大嫌いでした。高校時代の英語の偏差値は32で学年最下位。要するに絶望的です。僕が学生の頃はインターネットが使える時代でもなく、英語学習といえば書店で参考書を選ぶくらい。本当に、憎々しいほど英語が苦手で嫌いでした。


高校三年時の成績表

そもそも、なぜそんなに英語ができなかったのかというと、言語の特徴や仕組みを論理立てて理解できなかったから。たとえば、I go to school.という文章は、なぜI to go school.ではいけないのか。なぜschoolにaもtheもつかないのか。シンプルな1文でも疑問は山ほどありました。だけど、誰もそれを解決してくれなかった。みんな「とりあえず覚えればいいんだ」と言い、実際に疑問もなくただ暗記しているようでした。当時は学習=暗記偏重型で、そんな風潮もあってどんどん“英語嫌い”が深まってしまったんです。

あえて言わせてもらうと、こんなに英語ができなかったら、できる限り英語から離れて生きたいと思うのではないでしょうか? でも僕は逆でした。「英語ができる人間に、できない人間の気持ちは絶対に理解できない」「どん底を知っているからこそ教えられることがある!」。そんな想いから、逆に英語教師を志すようになったんです。

人生を変えたタイでのボランティア経験

とはいえ、学年最下位で大学受験がうまくいくはずもなく……。浪人して何とか大学に入学し、3年生のときに転機が訪れました。1997年にアジア通貨危機が起こり、現地を知ろうとタイに行ったんです。そこで目の当たりにしたのは、壮絶な貧困。約1ヶ月間スラム街の孤児院で寝泊まりしましたが「何とかしないといけない!」と痛切に感じました。教師への想いは変わらずありましたが、一介の教師に国を変えるほどのアクションは起こせない。でも、大学教員なら教育と研究の両方に携わり、国を良くすることもできる。そのとき、貧困削減を目指す「開発経済学」という道が目の前に開いたのです。

もうひとつ、切実に痛感したのが英語の重要性です。世界中から集ったボランティアメンバーとの会話は、当然英語。多少は理解できるとしても、談笑の輪に入れない疎外感はことのほか大きかったです。
あるとき、あふれんばかりの星空の下で、タイ人の女子大学生に自分の想いを打ち明けたんです。「あなたが私たちのためにこの国を良くしてくれるのね?」という彼女の言葉に「俺は絶対にやるよ」と答えました。夢を誓った思い出、しかも英語で語った経験とその時の光景は、今なお鮮明に覚えています。

ある日突然、英語の授業をすることに…コミュニケーションツールとしての英語とは?

その後、東南アジアの社会情勢変化に伴い、タイの貧困は解決されていきました。そこで研究領域をビジネス分野にシフトし、現在は「国際経営学」が私の専門分野になります。
大学院を修了し、2010年に初めて教壇に立つことに。学生の90%以上が留学生という大学で、アジアを中心に多様な国と地域の留学生たちに授業を行いました。特に興味深かったのは、彼らが議論を交わす場面。端々で日本語は聞こえてくるものの、私には何を話しているのかわからなかったんです。彼らは“日本語っぽい日本語”で問題なく議論できているようでした。
そのときに、英語も同じだと感じたんです。一般的に「英語の文法や発音を間違うと恥ずかしい」というイメージがありますが、コミュニティに所属するメンバーにちゃんと通じるのなら“英語っぽい英語”で十分。なぜなら、英語はあくまでもコミュニケーション手段のひとつなのですから。自分の考えや想いが伝わることの方が大切なのであって、別にハードルを高く感じる必要はないと気づいたんです。

2011年には、別の大学でビジネス英語の講義を依頼されました。でも、ちょっと待てよ、と。海外でのボランティア経験はあるものの、指導となるとまた別の話。しかも、TOEICスコア800~900点の学生たちに「俺が何を教えるんだ!?」と頭を抱えてしまいました。授業形式を工夫して乗り切ったものの、次はまた別の大学院でビューティビジネス英語という授業を請け負うことに……。今度という今度は逃れようがなく、知人のバイリンガルの女性にTA(Teaching Assistant)としてサポートを依頼しました。同時に、わらにもすがる想いで知人から紹介されたレアジョブ英会話の受講を始めたんです。

つらいレッスンを通して「英語って生きている」と実感

英語の授業を行う以上、とにかく自分が英会話をマスターせねばなりません。まずは量をこなさなければとは思いつつも、初めてのレッスンはただの恐怖体験でしかありませんでした。
だって、画面の向こうで知らない人が英語で話しているんですよ? 日本語は通じないんですよ? どうやら「話せなくても大丈夫」と言っているようですが、それすら理解できないんですよ?
最初は5分でもつらくて、でもマンツーマンなので逃れようがなく、レッスン後はあまりの疲労でくたくたでした。毎日「今日も全然話せなかった……」という後悔と情けなさの繰り返し。それでも何とかレッスンを続けて(授業をしないといけませんから!)、1カ月ほど経つとようやく「もう少し頑張れるかも」と思えるようになりました。マンツーマンレッスンは本当に密度が濃く、これは本当に英会話力が鍛えられるレッスンだと実感しましたね。
私にとって、レアジョブ英会話は“一粒で5度おいしい”サービス。まずは価格がリーズナブルなので無理なくレッスンを継続できること。また、複数の仕事を持っている講師が多いのも大きな魅力です。私の専門は国際経営学なので、現地の仕事や働き方を詳しく知れるのは、研究にも直結するかけがえのないメリット。同じ職種でも日本とは働き方や仕事観が異なるので、思いがけない発見が多いですね。
また、何気ない会話で息抜きができるうえに、それが自動的に英会話の学習になるからすばらしい。移動時間もムダなくレッスンに使えるフリーカンバセーションも便利です。そして、英会話ができれば世界や未来の可能性が広がるのは、言うまでもありません。

レアジョブ英会話のレッスンを重ねるなかで、私は「英語って生きているんだ」と実感するようになりました。言語習得に最も良い方法は現地で生活することですが、オンラインレッスンならいつでもどこでも学べる。学習のハードルを大幅に下げてくれます。まずは「これで英会話をちゃんと学べるんだ」と実感すること、そして「恥ずかしい」という気持ちをなくすことが大切でしょう。
英会話は、回数を重ねた分だけまちがいなく伸びます。より正確に言えば、海外に行ったら誰でも英語を話せるようになるなんて大間違い。誰だって、できない・恥ずかしい・悔しいという屈辱的な想いを絶対に経験しているはずなんです。ただ、おもてに出していないだけで。
たとえば、歌舞伎役者の市川亀治郎さんは「歌舞伎って難しいですね」という質問に対し「難しくて当たり前で、学ぶことなく理解しようとする姿勢が甘いんだ」と言い放った、という逸話があります。英語に関しても同様で、学んで、失敗して、できない悔しさを幾度となく重ねてやっと習得できるもの。楽しさはその先にあるんです。そうした経験をできる環境づくりこそが大切なのだと、英会話の習得者として、教育従事者として、強く主張したいですね。

既成の英語教育から脱却し、学生たちに英語の価値と未来の可能性を見せたい

英語の価値とは何か、と改めて考えたときに浮かんだ答え――それは“ごはん”のようなもの、ということでした。主食のごはんがあって主菜や副菜を選ぶように、コミュニケーションのインフラとして英語があったうえで、仕事や学習など自分に必要なもの、興味のあるものを選べるようになるのですから。
別に、英語を好きになる必要はありません。でも、話せるようになれば確実に世界が広がります。たとえば訪日外国人の増加から、都市部でも地方でも関係なく、外国人と英語のコミュニケーションが必要となるシチュエーションはさらに増えていくでしょう。翻訳機械などの進歩はありますが、誰かと話をするならやっぱり一緒に笑い合いたいもの。その一瞬の間を英会話力で埋められるかどうかが人生の豊かさを左右する…というと言い過ぎでしょうか。


ゼミ生達に囲まれて

個人的な意見ですが、これまでの英語教育では絶対に英語を話せるようにはなりません。私が学生だった頃の暗記偏重型学習はもとより、1人の先生が大勢に指導するスタイルでも、生きた英語会話力を身につけるのは難しいでしょう。
かつて、私が大学院生だった頃は、英語=和訳がすべてでした。しかし今や時代は変わり、大学教員になるためには英語4技能、特にスピーキングとライティングが不可欠です。スピーキングは授業を英語で行うために、ライティングは論文を執筆するために。私自身、レアジョブ英会話の講師に添削サポートしてもらい執筆した英語論文が実績として認められ、大学教員の道を拓く一助となりました。
しかし、大学の英語教育は今なお旧態依然で、英語の授業を日本語で行っている時点でダメだろうと言わざるを得ません。未来ある学生たちのためにも、まずは教員が自らの意識を変えて、もっと英語を学ぶ姿勢を持つべきでしょう。
私は、周囲の大学教員から「留学経験もないのになぜそんなに英語を話せるの?」とよく尋ねられます。オンラインレッスンを受けているからだ……と、かつては言えませんでした。「パソコンの前でぶつぶつ独り言をつぶやいているんですよね」と濁していたんです。なぜなら、大学教員はどういうわけかプライドが高く、そうした方法での英会話習得は一段下に見られがちだったから。でも、多くの教員たちが口ではそう言いながらも「自分もやってみたい」「英会話をマスターしたい」と思っていることを、私は知っています。プライドなんてうち捨てて、レガシーな業界の常識なんて打ち破って、教員自身が意識と行動を変えることこそ“つまらない英語教育”をぶち壊す第一歩になるはず。たとえばレアジョブ英会話のように、手軽に英語学習できる方法があるのですから、あとは個人の意識次第です。学生たちがより大きな可能性を見つけ出すためにも、既成の英語教育にケンカを売るつもりで英語学習環境の土壌づくりを推進していきたいと思います。

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